自分のことを何と呼ぶか。

 

 

 

 

わたくしが、私自身のことを、私(わたくし)、あるいは私(わたし)と呼ぶようになったのはいったいいつからだろうか。

定かではないのですが、オレ、とか、ボク、とか、ワシなどなどと呼ばなくなってから もう数十年 は経つだろうと思います。

確かわたくしが就職するころに読んだ本に? 『? 男は20代に何をなすべきか? 』? というタイトルのものがあって、この中の一節にまず自分のことをわたくしと呼ぶことだと書いてあったような気がします。リンクまで張っているのですが今現在わたくしの手元にこの本はなくうろ覚えの記憶に頼って書いています。

人前で、父親を、 『 ちち 』 、母親を、 『 はは 』 と呼びだしたのも、このころだったような気がしています。

周りには、うちの母が、うちの父がとフツウの会話でそう言う人は確かにすくなかったし俺が、僕が、という人は確かに多かった。

どうってこと無いような話ですが、学生を終え、就職して社会に出るということは言葉づかいを少し改めることから始まったんだなという回想です。

 

なぜ基本が大事なのか

none_img_column

基本が大事、とよく言われます。

基本ができているスポーツ選手、とか、あの人は基本ができているから成功するんだね、などと使われますね。
人間としての基本、はともかくとして、それぞれ活躍する分野によって基本は違うと思いますが、

どうして基本が大事なんでしょうね。

だいまる薬局では、新人が入ってくることがあります。
新卒はいませんから、「自分は仕事一般ができる」、あるいは、「今までやってきた経験に裏付けされたプライドを持っている」という事になって勝手な解釈がなされると、通常の業務を止める存在になりがちです。 流れが滞ってしまったり、止まってしまったりします。

では調剤薬局の業務の基本ってなんでしょう。

きっと、
患者さんから処方箋を受け取って、その薬を渡し、お金をいただくまでの一連の流れを調剤とするなら

  • それ(調剤)ができる 技術  と 心構え と
  • 相手に安心感を与える品と格(立ち居振る舞い) が
  • 体から醸し出されるようなオーラを持てるようになるまでの用意

だと思うのです。

基本(を学ぶための準備)ができてなければ、応用は効きません。
すなわち、応用したつもりでも、いつも小手先の行動で、また流れを滞らせるのです。

基本(を学ぶための準備)ができてなければ、具体的な、各論は身に付きません。
ちょっと覚えた各論を実行しては、また流れを滞らせます。

調剤薬局の業務の基本 ができれば

  • それを使って患者さまの悩みを傾聴することもできるし、
  • 病院の職員の方と会話もできるし、
  • 国保や社保の職員の方の問い合わせにもこたえられるわけです。

 

「こんなひとに処方箋を預けたくない」とか「こんな人から薬を受けとりたくない」と思ったことはないですか。
せめて、このひとから説明してほしい、と思われるような薬局のスタッフである為に「基本ができたヒト」になりましょう。

社長たるもの何に給料を払う ?

none_img_column

だいまる薬局には現在 約10名 ほどスタッフがいます。

私(代表者)がサラリーマンとしてやっていた頃のことを思い起こしてみますと、給料は、定額が決まった日に自動的に入ってきて当たり前でした。なおかつ、評価や考課があったわけでもなくただ薬剤師であるという事で給料の額面も決まっていたような事だったと思います。

時代は変わり、自分が給料の計算をする立場になってはじめて経営者が何を求めて給料の計算をしているのかという事がわかりはじめました。

ある知り合いの社長さんは、こう言いました。 『 私は給料日になるとがっかりする。なんぼ経費節減だ、節約だ何だと言ってみてもXXXにこの給料を払うことがイチバンの無駄遣いだ! 』

リアルですね?、過激ですね?。

もし面と向かって言われたら気絶するかも知れませんね?。

でも、コレが世の社長さんが思っているホンネかもしれませんね?。

ところで、だいまる薬局における人事考課なんてのは今のところありませんが、せっかく上記で世の中の仕組みの一端を紹介したのだから、私が本音でコレができたら給料をあげたいと思うこと ( キーワード ) を思いつくまま羅列しますね。

  1. 愛想よい笑顔
  2. 感じよい声のトーン
  3. 敏感に察する能力
  4. 俊敏な動きができる構え
  5. 何事も気持ちよく進んでできる準備
  6. 周囲への気配り
  7. 慎重な言動
  8. 自分のお金を使える潔さ
  9. 私が中心にやりますというリーダーシップ
  10. 舞台に上がる心構え・演技

なんだ、いつも言われてることじゃないか、とおもったアナタ…。
続いて、ある女性経営者の口から出た言葉をご紹介します。

『 冷庫に冷庫の機能を求めちゃダメなのよ。冷蔵庫は冷やすため、冷凍庫は凍らせるために使わなくちゃ。 』

つまり、その人が持っていない機能を求めてはいけないという事の核心を突いた言葉なのですが、私は冷蔵庫や冷凍庫はそうだろうけど、人はもっと変わることができるのではないだろうか、と思う今日この頃なのです。

問題は、気づき。 気づきがあれば人間は変われると思います。 若い人は我々のような年代の人間よりはるかに有利です。
では、気づきをどうすれば得られるんでしょうね。視点を少しだけ変えてみましょうか。

数日前、だいまる薬局の待合室のいすにボールペンで15cmくらいの線が引かれていました。いわゆる落書きではなく、なにかの腹いせ?とおもわれるようなものです。

線が引かれていた、と報告するのが 気づき、じゃないんですよ。

なぜ椅子にわざとらしい線が引かれていたか、病気がそうさせたのかもしれませんが、その前後何か気に食わない対応があったのではないか、気に入らない掲示の文言があったのではないか、われわれの接遇は充分であったか、もしかしたら言葉が不適切ではなかったかのか、タイミングが悪かったのではないか。

もしかしたらどれもあたってないかもしれませんが、こうやって考えることが次の気づきにつながるはずです。

ボールペンでかかれた椅子は一脚たいした値段じゃないんです。その後、破壊されたら買い換えればいい。でも破壊され続けないように考えることに自分の給料の価値があると考えてくれたら 上記の社長さんの憤りも、少しは減るハズです。

なぜ? を考えて、気づきを得てみませんか。

私だって、最初から社長であったわけではないです。社長的に物事を考えてきたから、なんとなく今、社長をしてるんですから。

『好きか・やりたいか』

none_img_column??? ? 2005.01.17

貧すれば鈍するということわざがあります。

辞書によれば、貧乏すると、世俗的な苦労が多いので、才知がにぶったり、品性が下落したりすること、とあります。

最近身の回りでこのことを感じる出来事がありました。
とても親しくしていた方がいましたが今回、袂を分かつ結果になり、同調できないことになりました。

久しぶりに見る顔は、とても今までと同一の人とは思えないほどの人相になっており、自分の思うとおりにいかないと怒り出し裏切られたと言い出す始末です。自分の思いを通そうとするあまり周りからどう見えるか、わからない様は、まさに裸の王様という感じでした。

私が問題にしているのは、考え方のことであり、仕事に対しての、手法そのもののことです。
自分が近い将来、彼の歳になったとき、何をよりどころに生きているだろうかと思いを馳せてみますと、 『 好きか・やりたいか 』 を判断しながら仕事を組み立てなければ、まさに自分も貧すれば鈍すといわれかねないからです。

  • やらなければいけない仕事
  • 義務でする仕事
  • 食うためにする仕事

に魅力を感じないし、やっていて喜びを感じられないと思います。

喜びと達成感を得るために仕事ができたら、幸せじゃないでしょうか?
世の中金ばかりじゃありません。

前出の方は、金があればもっとすごいことができると言いましたし、金が無いから大きなことができないとも言いました。

でも、残念ながら不足しているのは、お金とか、資金ではなくて、ビジョン(将来展望)と、理念です。これが無いと一歩前に出るのはなかなか難しい。

お金さえあればまた、何でもできるというなら、理念もビジョンもなくても効率優先で、それなりの結果は出るかもしれません。でも、人間にとって大事なのは、品と格という、その人の精神性が外ににじみ出たものではないですか。

自分はやっぱり好きで、やりたいことを、やりたいと思いますし、仕事には、金以外の喜びを感じ続ける感性を大事にしたいと思います。